ウルトラコラム
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    「寺田克也 ココ10年展」開催を記念した特別企画!! 寺田克也先生と村田蓮爾先生による豪華対談を敢行!
    共にウルトラジャンプ創刊時からゆかりがあるからこそ実現した、当代随一の絵師が語り合う
    「ココ10年(以上)」の交流、仕事の、ココだけの話!


    UJ
    お2人は共に「ウルトラジャンプ」創刊時から関わっていただいていますが、こうした対談企画は意外にも初めてでした。
    寺田
    「ウルトラジャンプ」以外でも、こうやって2人でじっくり話すのは初めてなんですよ。
    村田
    意外とね。
    UJ
    そんなお2人ですが、まずはやはり「ウルトラジャンプ」創刊時のお話をお伺いしたいです。一部では有名な話ですが、「ウルトラジャンプ」の名付け親が寺田先生なんですよね。
    寺田
    名付け親……ですね(笑)。初代編集長の頓田憲三さんから依頼が来た時に、まだ誌名が決まってないと聞いて、そのころは「スーパージャンプ」もあったし「ウルトラでいいんじゃないの(笑)」って軽く言ったんです。その時は頓田さんは笑っていただけなのに、いつの間にか「ウルトラジャンプ」になってた(笑)。で、頓田さんは完全にその経緯を忘れてて、自分が名付け親だと思っていたらしいんですよ。
    UJ
    らしいですね(笑)。そして、その時『西遊奇伝 大猿王』が始まりました。そのきっかけは?
    寺田
    打ち合わせの時にちょうど持ってきてたラクガキが、孫悟空の絵だったんですよね。「じゃあ、これでいいんじゃない?」って話になって……。
    村田
    『大猿王』ってもともと立体を作ってませんでしたっけ?
    寺田
    うん。ラクガキが一番最初にあって、続いてホビー誌でその孫悟空を立体で作って、その後にマンガですね。
    UJ
    村田先生の『ウルトラジャンプ』創刊時の思い出は?
    村田
    この頃は俺はまだアトラスで会社員やってたんじゃないかな。だから当時は会社行きながら、「ウルトラジャンプ」とか「快楽天」(ワニマガジン社)の表紙も描いてた、って感じだったなあ。
    寺田
    へー、自由な会社ですね。
    村田
    うん。一応就業時間内はきっちり仕事をやって、タイムカードで退社を押したらやる、って感じでしたね。そのへん、会社は許してくれたんです。懐かしいなあ。

    対談中も寺田先生は絶えず手を動かし続けていた。この時は手近にあった、電子メモパッド「Boogie Board」でラクガキ。出かける時もスケッチブックを手放さないという寺田先生は、常時5冊ほどのスケッチブックを並行して使っているとのこと。寺田「ないと手が震えるんだよね(笑)……嘘!」


    UJ
    お2人は、知り合う前からお互いのことを知ってましたか?
    寺田
    ええ。最初に知ったのは『豪血寺一族』(1993/アトラス)などのゲームですね。自分もゲームの仕事をしていたんで意識していました。当時カワイイ絵の人は多かったんですけど、デッサンから出発している人はあまりいなかった中、村田くんの絵はカワイイうえに骨格を持っていたので「うまいなあ」と思ってました。当時は相当影響を受けましたね。パーツとかメカのディテールは特に。
    村田
    マジすか。
    寺田
    マジっすよ。そうこうしているうちに村田くんの「快楽天」と同じ土俵の、「激漫」(ワニマガジン社)っていうエロマンガ誌の表紙を描くことになって。毎月、2人の表紙が書店に並ぶってのが、結構面白くて。
    村田
    当時聞いた話だと、寺田さんに「17歳くらいの女の子描いて下さい」って頼むと、25歳くらいの女の子描いて来るんで、最終的に「12歳くらいの子描いて下さい」って頼まなくちゃいけなかったとか(笑)。
    寺田
    う…。大人の女が好きなの!
    UJ
    村田先生が寺田先生を知ったきっかけは?
    村田
    やっぱりゲームの『バーチャファイター』(1993/セガ)が最初かな。あとはホビージャパンが出していた『S.M.H』っていうマニアックなホビー雑誌に寺田さんも描いていらしたので、そこらへんかなあ。寺田さんがすごいのは、ふにふにっと線を描いているようで形の構成がしっかりしているんですよね。色もさかさかっと塗っているようで、配色がカッコいい。独特でしたよね。
    UJ
    そんなお2人が初めて実際に会った時の印象って覚えていますか?
    寺田
    初めて会ったのはいつだっけねえ?
    村田
    うーん。いつ会ったかは覚えてないなあ。でも、寺田さんがよく描く自画像にそっくりだな、と思いましたね。さすがに絵がうまいな、と。
    寺田
    なんにせよ相当前だよね。その後は自転車関係の取材とかで会ったりしたね。
    UJ
    自転車が共通の趣味なら、一緒にどこか行かれたりしたことは?
    村田
    ないですねえ。
    寺田
    そんな深くは友達付き合いしてないんで(笑)。
    村田
    それでいて阿佐ヶ谷の中華屋でバッタリ会ったりするという。
    寺田
    そうね。あんまりそういう密な付き合いはないですね。ライバルですから(笑)。30年くらい前から家に遊びに来たいって言ってくるくせに一回も来たことないし。
    村田
    怖いからね(笑)。
    寺田
    なんでだよ!人聞きの悪い!

    UJ
    この号が出る頃(取材日は2月末)には、寺田先生の「寺田克也 ココ10年展」が、京都国際マンガミュージアムで始まっていますが、準備は順調に進んでいますか。
    寺田
    まあ、順調です。今回の展示のためにこちらで集めたスタッフにお任せして進めています。
    UJ
    どんな展示になるんですか。
    寺田
    もともとデータの絵なので、普通に額に入れて展示してもつまらないと言ったら、ふすまに絵を貼り込んで屏風にしよう、ってアイデア出してくれて。大小300点くらいがレイアウトされて、かなりカッコいい感じです。アナログ絵のスペースも設けて、去年の12月まで朝日新聞で1年間連載していた、新聞小説『ガソリン生活』(伊坂幸太郎・著)の挿絵を全部ピンで屏風に貼りこんでやろうかと……そんな感じで、割とボリュームのある展示になるのではないかと。

    展示のためにテスト出力された作品が、部屋のふすまに貼られていた。


    村田
    寺田さんは仕事の幅がすごい広いから、展示を見る方は楽しいんじゃないかなあ。
    UJ
    村田先生も同じところで展示をやられたことがありますよね。
    村田
    あそこは、マンガをその場で読める施設なので、普段から近所の子供たちやマンガ好きが来て賑わっているんです。だから寺田さんとか俺とかまったく知らない子とかがたまたまやって来て展示を見るなんてことも多くて、面白いと思いますよ。ギャラリーとかでやるのと全然違いますよね。
    寺田
    楽しんでもらえるように、やれるだけのことはやってみました。一応テーマとして10年の総括みたいのを入れてみたので“ココ10年展”と名付けました。

    寺田克也

    てらだかつや/イラストレーター、漫画家。ウルトラジャンプの名付け親。ゲームや映画のキャラクターデザインや設定、小説の装画、立体造形と様々なジャンルで活躍する、通称“ラクガキング”。伊坂幸太郎氏による朝日新聞夕刊小説連載『ガソリン生活』の挿絵約300点を再構成して1冊にまとめた『寺田克也式ガソリン生活』(朝日新聞出版刊)が絶賛発売中。

    村田蓮爾

    むらたれんじ/イラストレーター、デザイナー。プロダクト、アパレルなどのフィールドでも幅広く活躍。近年は雑誌『138°E』(ワニマガジン社)の監修など、イラストレーターの活躍の場を広げる活動にも注力。現在、キャラクターデザインを務めたアニメの解説本『ラストエグザイル-銀翼のファム- エアリエルログ』(エムディエヌコーポレーション)が発売中。

    記念すべきUJ創刊号の表紙は村田先生。寺田先生の“大猿王”はこの号はもちろん、ヤングジャンプ増刊号として刊行されていた時から掲載されていた。

    取材が行われた寺田先生の部屋の床の間(!!)に飾られた、アレックス・モールトンの自転車。モデルによっては100万円以上するものも!

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